『日常への道』
とある船大工の話。
海沿いに建てられた造船所が津波で跡形もなく流された。
造船所は明治創業。100年以上積み重ねてきた歴史が一瞬にして流された。
何もなくなった造船所に一人立ち尽くす船大工。跡取りはいない。
「先代らに面目ない」
その胸には60年間の船大工人生が去来しているのだろう。
語る船大工の言葉は、途切れ途切れだ。目線は自然と下へ落ちる。
と、そのとき。
船大工が何かを発見した。
よく見ると、それは海鳥の巣。
これを見た船大工は、興奮気味に僕に指示する。
「これを撮りなさい!」
「??」
「早く、カメラを回しなさい!」
僕は慌ててカメラを巣に向ける。
巣には卵が3つ。親鳥が片時も離れず、僕らを威嚇する。
そしてカメラを再び船大工へ。
「どうだ、撮れたか?おまえさんいいのが撮れたな!ハハハッ」
さっきまで神妙な面持ちだった船大工は一気に上機嫌になった。
通りかかる漁師を呼びとめ、巣を見せては、
「さっき見つけたんだ。いやあ、びっくりした!」と
何度も同じ話を繰り返している。
(この地はウミネコの産卵地として有名)
東京に戻り、収録したテープをチェックする。
何度見返しても取材した中で一番の笑顔だ。
眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、船大工の気持ちを考える。
きっと彼はあの後も、何人の人に同じ話をしたんだろうな。
食卓でもきっと話している。
彼らにとって本当に必要なのは、そうした日常の小さな感動なのかもしれない。
小さな感動の積み重ねで、被災者の元の生活が取り戻されていくような気がした。
植物が芽吹き、ゆっくりと成長してくように・・・。
そうした瞬間と出会えることができたのは何よりも嬉しかった。
できれば、そうした些細な出来事を、じっくりと取材してみたい。