『そんなもん』
「夜中に中国人が時計を盗むために手首ごと切っていくんですって。」
取材のために手配した現地ドライバーが真剣な顔付きで語り出した。
仙台市内にある彼のお薦めの牛タン屋で夕食を取っているときのことだ。
「空っぽの財布とか金庫が、ガレキを歩いてると目立つんだよね。」
震災直後から現地で取材をしているカメラマンもそれにすぐ反応する。
「ガレキの中を“顔の知らない連中”が歩いているんだそうです。」
ドライバーは淡々と言葉を続ける。
相撲取りのような体型とパンチパーマが特徴だが、
非常に物腰が柔らく好印象の持てる人物だ。
しかし、僕は黙ってその話を聞くだけで何も言葉を発しなかった。
関東大震災の際、井戸に毒が入れられたというデマのことが頭をよぎった。
「ほら、見てみなよ。」
翌日、取材先の南三陸町でカメラマンに呼ばれて見に行くと、
そこには扉の開けられた金庫があった。
さらに壊滅的な被害を受けた沿岸のガレキ地帯を歩いて行くと、
中身のない財布、カードだけが抜かれたETCの車載器などが転がっていた。
奥村ディレクターの取材後記にもあったが、場所は違えど
同じような被害が至る所にあるのだ。
「こんなときに火事場泥棒なんて…。」
誰がやっているのかはわからない。
しかし、実際にその“証拠”を目の前にして僕は言葉を失っていた。
「じゃあ、目の前で4千万円が入った金庫が開いてたらどうする?」
またしても僕は言葉を失った。
「そんなもんなんだって。」
「そうだ、確かにそんなもんだ」
声には出さずに相槌を打った。
文責:制作部 杉井真一